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めっちゃええやん

ジャンルを問わず好き勝手に書いていくブログです

島本浩也-僕が応援する阪神タイガースの選手について

デビットさん

皆さんこんばんわ、鹿です。

4記事目にしていきなり出てきた「野球カテゴリ」ですが、
僕は野球が大好きなんです。 こういう記事を書きたくてブログやりたいって思ったんです。

この記事に登場する島本投手には様々なドラマがあって、
入団当初から応援していました。 だから絶対、最初の野球記事は島本投手について・・と思っていました。

最速148キロを誇る阪神タイガース期待の若手左腕、島本浩也。
文字数とか需要とか全部ぶん投げて書きたいと思います。

島本浩也 プロフィール

生年月日 1993年 2月14日
身長/体重 176cm / 68kg
投/打 左 / 左
経歴 奈良県出身 福知山成美高→阪神タイガース(2010年 育成2位)

一軍成績

年度 登板 勝利 敗北 投球回 防御率 WHIP
2015 18 0 0 18 1/3 8.84 2.18
2016 23 1 0 24 2/3 3.65 1.33

 

プロ入りまで

島本投手は奈良県出身で、小・中時代は地元のチームに所属しています。
中学時代は奈良県の名門、橿原コンドルボーイズに所属していました。
阪神・関本選手やロッテ・荻野選手などを輩出しているチームです。

島本投手の野球人生は「心配させながらギリギリで良い方向に進めた」とお父さんが語るように、
「絶対的エース」「ドラフト指名確実」といった言葉とは無縁でした。

京都の名門、福知山成美高校へ進学しましたが甲子園の期待された3年時には他部員の不祥事で対外試合禁止の処分が下るなど、
アピールチャンスも失われ、ほとんどの人はドラフト指名されるとも思わなかったでしょう。
この時の島本投手は176cmで63kgの「超細身」体型。 最高球速も139キロと物足りない数字でした

ではなぜ、島本投手はドラフト指名を受けることができたのでしょうか?
この2010年のドラフトで阪神タイガースは6名の高卒選手を指名。
特に島本投手を含む育成の3名は

1位 阪口哲也-市立和歌山(和歌山)
2位 島本浩也-福知山成美(京都)
3位 穴田真規-箕面東(大阪)

このように、明らかな「地元指名」という背景がありました。
阪神タイガースはこの年を最後に、高卒選手の育成指名を行っていません。
島本投手にとっては「ラッキー」な指名だったのではないでしょうか?

プロ入りから支配下登録まで

プロ一年目の公式戦(二軍)の登板は1試合(1イニング)のみ。
二年目も二軍戦の登板は6試合のみ。
いくら育成選手とはいえ、数字だけ見れば「干している」レベルの登板数です。

しかし、これにも訳があります。
阪神タイガースが育成指名をしなくなった背景には、「実戦の少なさ」があります。
移動の関係から東西に分かれている日本プロ野球の二軍では、イースタンリーグが7球団、阪神タイガースの所属するウエスタンリーグは5球団で構成されており、
ウエスタンの年間試合数は1球団100試合程度です。(現在は改善され、120試合程度行われています)

当然、この少ない実戦機会で優先されるのは支配下登録の選手です。
島本投手ら育成選手が出場するのは年間数十試合しかない、
アマチュアや社会人チームとの「交流試合」「育成試合」と呼ばれる場しかなかったのです。

プロ入り後、最初の挫折

島本投手は2年目終了後となる2012年の11月、台湾で行われた若手成長の場である「ウインターリーグ」に参加しています。
このリーグで「9試合 14回2/3 23奪三振 防御率0.61」という素晴らしい成績を残したのです。

この勢いのまま、2013年のキャンプから猛アピールを続けた島本投手。
ついに、オープン戦の登板機会を勝ち取ります!

2013年 3月12日 ヤクルト戦(甲子園)
7回から登板した島本投手は、四球・本塁打・四球と、打者三人に対して一死も取れずに降板します。

せっかくのチャンスやったのに、力んでしまって自分のピッチングができなかった。
育成の自分にこれ以上の、オープン戦以上のチャンスはない。そう思って頑張ってきたのに

前向きな言葉が多い印象の島本投手も、この日は後悔の言葉ばかりでした。
「支配下登録濃厚」だったこの春、島本投手は涙を飲みます。

去った仲間の分も

2013年オフ、島本投手の後に育成指名された穴田真規選手が戦力外通告を受けます。
穴田選手はスラッガーとして期待された選手で、この年も育成試合でチーム最多の本塁打数を誇るなど、
「やっと芽が出てきた!」という矢先の戦力外通告でした。

2014年オフには島本投手の前に指名された阪口哲也選手が戦力外通告を受けます。
「ファームの元気印」として鳴尾浜(※阪神二軍施設)の人気者だった彼にもまた、厳しい現実が襲います。

島本投手はこの2014年に二軍で初先発を果たし、オフのフェニックスリーグ(若手選手教育の場)で当時自己最速の146キロを記録するなど、飛躍の年となりました。


そのフェニックスリーグを終えた約1ヶ月後の11月21日、島本投手はついに支配下登録されます。
余談ではありますが、フェニックスリーグ終了の日(10月28日)に支配下登録については球団から話があったようです。

プロ初登板 様々な想いを胸に

2015年 4月2日 プロ初登板を2回無失点で終えた島本投手は開幕前、こんな事を記者に言ったそうです。

支配下まで長かったですけど、吉川の分もと思って、自分は投げてきた

この「吉川」という人物は島本投手が橿原コンドル時代にバッテリーを組んでいた捕手で、
2009年に柳ヶ浦高校野球部のバス横転事故で亡くなっています。

吉川選手の母親から「島本君の初登板を見に行きたい」という手紙も届いていたというその「重さ」が、 この日投げた26球に乗り移っていたように見えたのは、僕だけでしょうか。

まだまだ成長中!

島本投手は来シーズン、24歳になります。
大卒選手で言えばまだ2年目の年齢ですね。

でも、彼は「ただの若手」なんかじゃない。
決して大きくない身体で、全力で腕を振って投げる島本投手がめっちゃ好きだ!
「めっちゃ楽しかった」「めっちゃ嬉しかった」と前向きな言葉を連発する島本投手がめっちゃ好き!
滅多打ちも、怪我も、仲間が去っていく辛さも乗り越えた島本投手が好きなんだ!

島本浩也! 2017年も頑張れ!!